2019年6月1日、初夏の風が心地よい今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。今回は、演出家の木ノ下裕一氏が寄稿した、ある興味深いエッセイについてご紹介します。舞台はインドのコルカタにある「マザーハウス」。貧しい人々への奉仕に生涯を捧げたマザー・テレサの活動拠点として知られる場所です。
そこは現在も、彼女の遺志を継いだシスターたちが忙しく立ち働く、生きた現場でもあります。一般的にマザー・テレサといえば、教科書などで目にする「恵まれない子供を抱く慈愛に満ちた聖女」というイメージが強いのではないでしょうか。
しかし、現地の展示や彼女が暮らした質素な部屋を目の当たりにすると、その印象は少し変わるかもしれません。彼女が残した支援者への手紙や、スタッフへの厳格な訓示からは、巨大な組織を率いたリーダーとしての「雄々しさ」や、サバサバとした合理的な一面が垣間見えるのです。
錆びついた筆箱に隠された「少女のような心」
そんな彼女の遺品の中で、ひときわ異彩を放っていたのが、小さな「筆箱」でした。それは丸みを帯びたブリキ製で、長年の使用によりボコボコに凹み、所々に錆が浮いていたといいます。しかし、その蓋の裏にはキリストのイコン画が、まるで子供がお気に入りのシールを貼るように大切に貼られていたのです。
ちなみにイコン画とは、正教会などで崇敬される聖画像のことですが、ここでは彼女にとっての精神的な支えを象徴しているのでしょう。中には漫画のようなイラストが描かれたチビた鉛筆が数本。あまりに可愛らしく、カラフルなその中身は、ストイックな彼女の人生において、唯一の「遊び」だったのかもしれません。
私自身の考えですが、いかに強靭な精神を持つリーダーであっても、心のどこかに安らぎや、少女のような純真さを保つ場所が必要だったのではないでしょうか。この筆箱は、彼女の心の内側そのものだったのかもしれません。
ミヤコ蝶々の「戦闘服」との共通点
このエピソードから想起されるのが、昭和の上方演芸界を牽引した伝説的な漫才師・女優であるミヤコ蝶々の遺品です。大阪の資料館に展示された彼女の私服は、晩年のイメージとはかけ離れた、紺と赤の水玉ワンピースに巨大な帽子という、驚くほど派手なものでした。
これを見た筆者は、直感的に「これは戦闘服だ」と感じたそうです。本名・日向鈴子としてのささやかな幸福よりも、芸人・ミヤコ蝶々としての成功を選び続けた彼女。その派手な装いは、弱い自分を鼓舞し、ファンという「泡」に夢を見せるための武装だったのでしょう。
SNS上でも、この二人の偉人の対比について「道具がその人を語るという視点が深い」「マザー・テレサの筆箱のエピソードに涙が出た」「戦闘服という表現がミヤコ蝶々の生き様そのものだ」といった感動の声が広がっています。
「物言わぬ伴侶」が語りかけるもの
民藝運動の父と呼ばれる思想家・柳宗悦は、「器具とはいうも日々の伴侶である」という言葉を残しています。道具や衣服は単なるモノではなく、使い手の人生に寄り添う無口な友人なのです。マザー・テレサの筆箱も、ミヤコ蝶々の派手な衣装も、彼女たちが言葉にしなかった内面を、雄弁に物語っているように思えてなりません。
私たち編集者も日々多くのモノに囲まれて生活していますが、ふと自分の身の回りの品々を見渡したとき、そこには「自分自身」が映し出されているのかもしれません。有名無名に関わらず、誰の持ち物にも、その人だけのドラマが宿っているのです。
皆様も、長く愛用している「相棒」のような道具はありますか? それは、あなたが言葉にする以上に、あなたのことを深く理解している存在なのかもしれませんね。