2020年5月30日、世界経済に激震が走りました。トランプ米大統領が、メキシコから輸入されるすべての製品に対して5%の追加関税を課す方針を突如として発表したのです。このニュースは、単なる外交カードの切り合いでは済まされません。なぜなら、北米自由貿易協定(NAFTA)のメリットを最大限に活かし、メキシコを「対米輸出の要」としてきた日本企業にとって、まさに寝耳に水の事態だからです。これまで築き上げてきたサプライチェーンの根幹を揺るがす、極めて深刻な局面を迎えたと言えるでしょう。
SNS上では、この発表を受けて即座に不安の声が広がっています。「またトランプ大統領のちゃぶ台返しか」「これから車を買おうと思っていたけど、値上がりするのかな?」「日本の製造業、これでまた株価が下がるのでは」といった、生活への影響や経済の先行きを案じる投稿が相次いでいる状況です。特に、愛車がメキシコ製であることに気づいたユーザーからは、今後の部品供給やメンテナンスコストへの懸念も聞かれます。私たちの生活にも直結しかねないこの問題、その背景には何があるのでしょうか。
「メキシコシフト」が裏目に出た日本企業の誤算
これまで日本の自動車メーカーは、2010年代に入ってから競うようにメキシコへの投資を加速させてきました。その理由は明確です。米国への輸送インフラが整っていることに加え、人件費が米国の約6分の1という安価な労働力が魅力だったからです。日本からメキシコへの直接投資残高は、2007年末と比較して過去10年で7倍に膨れ上がり、進出企業数も約3倍の1182社に達しています。これは台湾への進出数を上回る規模であり、日本企業がいかにメキシコに注力してきたかが分かります。
ここで重要なキーワードとなるのが「NAFTA(北米自由貿易協定)」です。これは、アメリカ、カナダ、メキシコの3カ国間で、関税をなくしたり、貿易のルールを緩くしたりして、経済的な結びつきを強めようという取り決めのことです。日本企業はこの「関税ゼロ」の恩恵を受けるために、あえてメキシコに工場を造り、そこからアメリカへ輸出する戦略をとってきました。しかし、今回のトランプ大統領の方針は、この前提条件を根本から覆すものであり、各社の戦略見直しは避けられない情勢です。
マツダ、日産、ホンダ…各社に走る衝撃
今回の措置で特に大きな影響を受けると見られるのがマツダです。同社は2014年にメキシコ工場を稼働させ、ここを米州唯一の生産拠点として位置づけています。2018年度の米国販売のうち、約2割がメキシコ生産車と見られており、その依存度の高さが懸念されています。また、1960年代から進出している日産自動車も、2018年度には約76万台を生産し、その半分を米国へ輸出しています。ホンダも同様に主力車種をメキシコから米国へ送っており、事態は深刻です。
問題は、これらメキシコから輸出される車種の多くが、「フィット」や「セントラ」といった、価格競争の激しい普及クラスであるという点です。もともと薄利多売のモデルにおいて、5%の追加コストが上乗せされることは、経営にとって致命的なダメージとなりかねません。さらにトランプ氏は、関税率を最大25%まで引き上げる可能性も示唆しています。専門家によれば、自動車の原価率は平均80%程度であり、もし関税が20%を超えれば、利益がすべて吹き飛ぶ計算になります。
株価急落と「逃げ場なき」サプライチェーン
市場の反応は正直かつ残酷でした。週明けの東京株式市場では自動車関連株が軒並み売られ、マツダは一時、前日比9%安という約6年4カ月ぶりの安値を記録しました。日産やホンダも大幅安となり、投資家の動揺が広がっています。また、影響は完成車メーカーだけにとどまりません。日本製鉄や三井化学といった素材・部品メーカーも、現地の日系自動車メーカーへ製品を供給するために拠点を構えており、産業の裾野が広い分、その影響は計り知れません。
さらに事態を複雑にしているのは、米中貿易摩擦の影響です。米国による中国製品への制裁関税を避けるため、生産地を中国からメキシコへ移そうとしていた企業も少なくありません。例えばシャープは、米国向け液晶パネルの生産をメキシコへ移管する計画を進めていました。しかし、その「逃げ場」であるはずのメキシコにも関税が課されるとなれば、企業は八方塞がりの状態に陥ります。まさに「前門の虎、後門の狼」といった状況でしょう。
編集後記:不確実性の時代をどう生き抜くか
今回のトランプ大統領の発言は、グローバル経済において「安住の地」など存在しないことを改めて突きつけました。特定の国や地域に生産を集中させることのリスクが、これほどまでに露呈したことはありません。効率性を追求した「集中投資」が、政治的な一言で最大のリスクへと反転する。これが現在の国際情勢の怖さです。日本企業には今後、いかなる政治的変動にも耐えうる、より柔軟で分散されたサプライチェーンの再構築が求められるでしょう。私たち消費者もまた、輸入品の価格変動など、生活防衛の意識を高める必要がありそうです。