2010年、Googleの元CEOであるエリック・シュミット氏が放った「文明誕生から2003年までの全データ量は、現代のわずか2日分に過ぎない」という言葉は、世界に大きな衝撃を与えました。しかし、2019年07月06日現在の私たちは、さらに凄まじい情報の濁流の中に身を置いています。次世代通信規格「5G」の普及により、人類が数千年以上かけて積み上げた歴史的データ量は、今やわずか1時間足らずで更新されると言われているのです。
この爆発的なデータ増大を牽引している主役は、文字ではなく「視覚情報」に他なりません。写真家であり著述家としても知られる港千尋氏は、もはや生活の基盤(インフラ)と化した写真や映像のあり方を「インフラグラム」という造語で定義しました。かつて写真は、目の前の風景や人物をありのままに写し出す素朴な存在でしたが、現代におけるそれは、多様な情報が複雑に絡み合った「複合的なテクスト」へと変貌を遂げているのです。
SNS上では「自分の写真がどこかで解析されているかも」「便利さと怖さは紙一重」といった、テクノロジーの進化に対する期待と不安が入り混じった声が数多く見受けられます。実際にインフラグラムの概念を紐解くと、私たちが何気なく投稿している画像が、いかに強力な力を持っているかが浮き彫りになります。例えば、デモに参加する群衆の写真をAI(人工知能)で解析すれば、特定の個人を瞬時に特定することさえ可能になりました。
AI解析とは、コンピュータに大量のデータを学習させ、人間のような判断力を与える技術を指します。この技術により、ある写真に写った人物を別の場所のデータと照合し、その日の行動をすべて追跡するような、まるで映画のような芸当が現実のものとなっています。私たちの視神経は、今やデジタルな網となって地球全体を覆い尽くそうとしており、プライバシーの境界線はかつてないほど曖昧になっていると言えるでしょう。
兵器から芸術へ。視覚情報の海に溶け込む私たちの未来
本書で明かされる驚くべき事実の一つに、テレビ撮像機の発明者であるウラジミール・ツヴォルキン氏の構想があります。彼はもともと、兵器に載せたカメラから映像を送り、遠隔操作で戦闘を行うためにこの技術を開発しようとしていました。つまり、私たちが日常的に楽しんでいる映像技術の源流には、対象を「標的」として捉える冷徹な監視の眼が潜んでいたのです。この歴史的背景を知ると、現代の監視社会化への警鐘がいっそう重みを増します。
こうした重厚なテーマを論じる際、著者の港氏はメディア・アートという独自の視点を取り入れています。メディア・アートとは、コンピュータや通信などの先端技術を表現手段に用いた芸術の総称です。特に、2015年に惜しまれつつ世を去った三上晴子氏の作品が、議論の要所に登場します。電子メディアによって拡張された人間の感覚が世界とどう融合するか、彼女の作品はまさにインフラグラム時代の体現と言えるのではないでしょうか。
私たちは今、視覚情報の巨大な海に溶け込み、メディアの網と一体化することに快感を覚える一方で、形容しがたい違和感も抱いています。個人的な見解を述べさせていただければ、この「違和感」こそが人間らしさを保つ最後の砦だと感じます。便利さに身を任せるだけでなく、自分が「視られている」という事実に意識的であること。そのためには、アーティストたちが作品を通じて示すような鋭い感性が、私たち一般の受け手にも求められています。
2019年07月06日という、情報技術が文化を飲み込みゆく転換点において、本書は単なる技術解説書ではなく、私たちの死生観をも揺さぶる一冊となるでしょう。港氏は芸術家という伴走者とともに、「視るという行為そのものを客観的に視る」という極めて困難な課題に挑みました。画面越しに世界を把握したつもりになっている私たちに、真の視覚的自由とは何かを問いかけてくれる、知的な刺激に満ちた名著です。