宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2023年3月に新型ロケット「H3」の初号機打ち上げに失敗し、一瞬で2000億円もの巨額と9年の開発期間を失いました。しかし、そのわずか1年後には2号機を成功へ導き、24年7月には3号機まで無事に打ち上げています。開発責任者として地獄のような日々を味わった岡田匡史理事は、この大失敗によって組織が萎縮しないよう、メンバー全員が「一歩でも前進する意志を共有する」ことを心がけたそうです。
岡田氏によれば、新型エンジンではなく実績のある旧式エンジンが点火しなかった事実は想像を超える衝撃だったそうです。原因をとことん究明しようとしても答えが見えず、候補を三つに絞った段階で打ち切らざるを得なかったといいます。結果、2号機の打ち上げ前には成功への自信と恐怖が入り混じったものの、発射地点にロケットを移動するとき、作業員一人ひとりから「やり抜いた」という確信が伝わってきたのだとか。実際に2号機と3号機が成功し、今や運用の軌道に乗り始めました。
一般の人からは「一度の失敗で諦めない姿がすごい」「あれほどの大失敗を乗り越えられるメンタルの強さに驚く」といった称賛の声がある一方、「莫大な費用を投じて何度も挑戦するのは本当に必要なのか」と疑問を呈する向きもあるようです。しかし岡田氏は、落ち込んで立ち止まっていては何も変わらず、組織として前に進み続けることで心が鍛えられると強調しています。メンバーが粘り強く作業を重ねる姿に逆に励まされることもあったと明かしており、仲間を信頼し合うチームワークの大切さを感じたそうです。
岡田氏は失敗を「部品レベル」で終わらせて修正することが理想であり、打ち上げ段階での失敗は最悪のケースだと受け止めています。実は氏自身、H2やH2Aの時代にも苦い経験を積んでおり、ロケットが爆発する瞬間を目の当たりにしたこともあったとか。その体験から「大丈夫だ」と周囲に示すことに意味があったと振り返ります。さらに2023年4月からJAXA理事に就任し、組織改革やサイバー攻撃への対処など、多岐にわたる課題に取り組んでいるところです。
リーダーとして必要な資質について問われると、岡田氏は「良い耳を持つこと」と語っています。JAXAとメーカーでは最終目標こそ同じでも、組織の価値観が異なるため、お互いの立場を理解して妥協点を探し出す姿勢が大切だと強調するのです。一度決断したらぶれず、必要ならネジ1本の値段まで確認して工夫を求めるほど徹底するのが岡田流だといいます。
また、プロジェクトの成否に関わる大きな判断を下す際は、外ばかり気にしていると本質を見失うリスクがあると指摘します。普段は開発の現場に没頭しつつ、周囲を見渡すのはあくまで状況を判断しなければならない場面に限ることで、余計な不安を排し前に進むべきだとの考えです。
今後は新型ロケットの量産や運用を続け、宇宙の新たなビジネスチャンスを切り開くことが期待されていますが、海外ではアメリカや中国の民間企業が次々と独自のロケットを打ち上げるなど競争は激化しています。それでも岡田氏は「勝ち負けというより、日本が常に宇宙へアクセスできる体制を守ることが使命」と語ります。大きな組織改革を進めて人材育成にも力を注ぐことで、宇宙産業という次なるフロンティアを支える活気あるJAXAをつくりあげるのではないでしょうか。