人形遣い・五代目吉田玉助が語る!襲名と祖父の思いを託された**「松王丸」の絵に込められた文楽の心**

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2019年6月3日、文楽人形遣いの五代目吉田玉助さんが、伝統芸能の世界で大きな意味を持つ自身の襲名と、師匠である吉田簑助さんから贈られた一枚の絵に込められた深い思いを明かしました。玉助さんは2018年に五代目玉助を襲名され、この伝統ある名跡を背負うことになったのです。その決意の背景には、玉助さんを文楽の道へと導いた亡き祖父への熱い想いがありました。

玉助さんが国立劇場文楽優秀賞を受賞された2019年4月、人形遣いの最高峰で文楽座頭を務める人間国宝の吉田簑助師匠から、日本画家の五十嵐幹さんが描かれたという「松王丸」の絵が贈られました。松王丸とは、浄瑠璃の名作「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」に登場する主要な人物で、優れた武人でありながら、悲劇的な運命を辿る役どころです。主君である菅原道真(役名は菅丞相)の息子・菅秀才を救うため、政敵の家来でありながら我が子・小太郎を身代わりとして差し出し、その死を看取るという壮絶な悲しみを胸に秘めた役です。その豪快さの中にも繊細な悲しみを表現し、切々と遣いこなすためには、高度な技量と表現力が求められる立役(男役)を代表する重要な役なのです。

簑助師匠は、この絵を贈る際に「松王丸は、あんたのおじいさんの得意役やった。あんたが持っていた方がええ」と語られたそうです。玉助さん自身も立役を得意とされているため、この言葉には、輪郭の大きな荒物(荒々しい表現)を得意としていた祖父のような人形遣いを目指せ、という師匠からの温かい心遣いが込められていると感じ、大変感激されたとのことです。祖父の芸風である「荒物」とは、力強く動きの大きい役どころを指し、この分野で名を馳せた祖父の後を追う玉助さんへの、最高の激励となったことでしょう。

祖父である三代目玉助さんの名跡を継ぐことを迷いながらも決意し、簑助師匠に手紙で伝えた玉助さんを、師匠は京都・嵯峨野にある鮎料理の老舗「平野屋」に呼び出されました。玉助さんは、祖父が大きくした名跡を継ぐには「まだ早い」と言われるかもしれないという不安と緊張で身が硬くなっていたそうですが、師匠は開口一番「おめでとう」と声をかけてくださったのです。この予期せぬ祝福に、玉助さんは胸が熱くなるほどの感動を覚えました。襲名にあたり、世襲制ではない文楽界で前例はありませんでしたが、父・二代目玉幸さんへ四代目玉助を追贈するという決断もされました。これは、2007年に69歳で亡くなられた父への恩返しをしたいという、玉助さんの強い意志からでした。

2018年4月に大阪の国立文楽劇場、そして5月には東京の国立劇場で襲名披露公演を終え、玉助さんは重圧から解放され、同時に大きな喜びを感じたと言います。玉助さんは1966年大阪生まれで、祖父は1965年2月に逝去されたため、祖父の舞台を直接観る機会はなかったそうです。しかし、人間国宝である故吉田文雀師匠をはじめ、多くの関係者から祖父について「すごい人形遣いやったで」「肚(はら)の大きな人やった」と聞かされて育ちました。ここで言う「肚」とは、芸のスケールや品格、そして舞台上での存在感を意味する言葉で、玉助さんはその偉大な祖父の背中を、半世紀以上の時を経て引き継いだのです。

玉助さんが14歳の中学在学中に父・二代目玉幸さんに入門し、「幸助」の名をもらい人形遣いになることを決意したのは、父の背中を見てのことでした。今回の五代目襲名で、玉助さんは祖父が大きくした「玉助」の名跡を、今度は自分自身の手でさらに大きくしていきたいと決意を新たにされています。SNS上でも、「玉助さんの襲名は文楽ファンとして本当に嬉しい」「松王丸の絵のエピソードに泣けた」「これからも立役での活躍を期待しています」といった温かい反響が多数寄せられており、五代目玉助さんの新たな挑戦は、多くの文楽ファンから熱い注目と期待を集めています。

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