アジア太平洋地域において、法律業界における最も革新的な取り組みを表彰する「イノベーティブ・ロイヤーズ賞(アジア太平洋)」の授賞式が香港で開催され、日本の法律事務所の取り組みが世界的な注目を集めました。この賞はイギリスの著名な経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が主催するもので、今回で第6回を迎えます。今年は81の法律事務所と40の企業の法務部門から、合計537件もの応募が寄せられ、その中から計19部門の受賞者が決定しました。日本勢は惜しくも受賞を逃しましたが、その挑戦的なプロジェクトは最終選考で非常に高い評価を受けています。
特に注目されたのは、西村あさひ法律事務所が関与した武田薬品工業によるアイルランド製薬大手シャイアーの買収案件です。この買収は約6兆円という、日本企業による海外のM&A(合併・買収)としては過去最大級の規模でした。西村あさひ法律事務所は、買収対価として、現金と新株発行を組み合わせる「混合対価」という革新的な手法を採用し、案件を成功に導いています。
<専門用語解説:混合対価> ここでいう「混合対価」とは、企業を買収する際に、その対価として現金と株式の両方を組み合わせて支払う手法を指します。日本の企業が海外の上場会社を買収する際、従来は現金を対価とすることが主流でしたが、本件ではこの混合対価が初めて用いられました。
西村あさひ法律事務所は、この前例のない巨大案件において、日米英という複数の国の制度の違いを緻密に乗り越えた点が評価され、「複雑さと規模の管理部門」で高い評価を獲得しました。この挑戦的な案件を武田薬品に助言したチームを率いた太田洋弁護士は、「現金と株式を使う2段階上のレベルの難題に挑戦することになった」と、その困難さを振り返っています。
このプロジェクトの複雑さは、シャイアーが設立されたイギリス領ジャージーの会社法や、イギリスのテイクオーバー・コード(上場企業買収のための行動規範)に基づく手続き、さらには日本の会社法と証券規制など、「複数の法制度の間で接ぎ木を整合させるような難しい調整」を要した点にあります。太田弁護士によると、細かな点まで含めると100を優に超える問題点があったとされ、初期検討から2019年1月の買収完了までに約2年もの歳月を要しました。この間、イギリス側で助言を行ったリンクレーターズと綿密な協力体制を築き、案件を遂行しました。
特筆すべきは、シャイアーの株主に対して、日本で上場する武田薬品の新株を円滑に受け渡すための仕組みを整えたことです。日本の証券口座を保有していないシャイアーの株主のために、武田株を受け取れるようにしたほか、武田の米預託証券(ADS)を米ニューヨーク証券取引所に上場させることで、株主の選択肢を増やしました。太田弁護士は、「米長期金利が上昇してドルの調達コストが増大すれば、今後、株式を対価とする海外M&Aは増える」との見解を示しており、今回の混合対価の手法は今後の国際的なM&Aにおける新たな潮流となる可能性を秘めていると言えるでしょう。
規制のサンドボックスを活用したM&Aの新たな形
一方で、新しいサービスへの取り組みが評価されたのが、森・濱田松本法律事務所です。同事務所は、新技術の実証実験をしやすいようにする「規制のサンドボックス制度」を活用し、大企業とスタートアップの連携を目指す「MHMラボ」を設置しました。この取り組みは、「新しいビジネスとサービス提供モデル部門」にノミネートされています。
<専門用語解説:規制のサンドボックス制度> 「規制のサンドボックス制度」とは、革新的な技術やビジネスモデルについて、現行の規制の適用を受けずに、期間や参加者を限定して実証実験を可能とする制度のことです。これにより、新サービスの早期の社会実装を支援する狙いがあります。
MHMラボの活動は、単に実験の場を提供するだけにとどまらず、法令の修正に向けたロビー活動などにも関わる積極的なものです。増島雅和弁護士は、「イノベーションを最短で社会に出すことをコンセプトに動く新しい取り組みだ」と語っており、法律事務所がイノベーションの促進という社会的な課題に、一歩踏み込んだ役割を果たしている点が非常に画期的であると感じます。
今回の国際的な表彰では、法律事務所の最優秀賞は、ギルバート・トビン(豪)とハーバート・スミス・フリーヒルズ(英豪)が受賞しています。また、個人の最優秀賞にはギルバート・トビンのサム・ニックレス最高執行責任者(COO)が選ばれました。ニックレス氏は、M&Aにおけるデューデリジェンス(資産査定)の管理や、法的なレビューの記録、リポート作成を自動化する仕組みの確立など、テクノロジーを活用した生産性向上への取り組みが評価されました。ニックレス氏の「生産性の競争力を維持することが重要だ」という言葉は、国際的な法律業界における競争の厳しさを物語っています。
個人トップ10には、オリック東京法律事務所の髙取芳宏弁護士が入りました。髙取弁護士は、京都国際調停センターや日本国際紛争解決センター(大阪市)の開設に尽力し、政府と協力して模擬仲裁・調停を実現するなど、国際紛争解決の分野で顕著な功績を上げています。弁護士会や企業、法科大学院などへの啓発活動を積極的に行っていることも、高く評価された要因です。
この「イノベーティブ・ロイヤーズ賞」の結果は、日本の法律事務所が、巨額M&Aやイノベーション支援といった国際的な舞台で、非常に高度で革新的な業務を遂行していることを証明しています。特に武田薬品の案件で示された「混合対価」という新たな手法の確立は、今後の日本企業による海外戦略に大きな影響を与えるものでしょう。SNSでは、「日本企業が世界で戦うための法律戦略が垣間見える」「日本の法律事務所も世界トップレベル」といった声が上がっており、その取り組みは大きな反響を呼んでいると言えます。